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机上の戯言

小説が趣味な管理人のブログです。
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 このごろ思うこと

「黙っていろ。貴様に発言権は無い。――そこで、魚の黒くて苦い所でも食べながら唯、傍観していろ」

こんな決め台詞を言わせてみたい。最近切に願います。
でもこんなのって、正直コメディ系でなければ言わせらんないですよね。

コメディ=天敵

という公式を生涯に掲げた俺には、絶対に採用してやれない科白です。
ちなみに、コメディを天敵としているのは俺がコメディが嫌いだからとかでは無いです。
笑える話は好きですし……つまり、自分が書くのが苦手だからなんですが。

と、そんなことはどうでもいいことでして。

ギャラゲーはいいなぁ、と近頃心より思います。
どういうことかといえば一般的な見解とは少し違っていますが、この場合の「いいなぁ」は一物書きとしての言葉です。
何がいいのかというと、それはエンドが複数存在して許されることです。

俺が知っているギャルゲーはフェイトだけなんで大きなことは言えませんけど、ヒロインごとにルートが用意できるということは、物書きにしてみればある種夢でもあると思います。
登場人物を描く上で、その魅力を十分に伝えるにはやはりまず筆者がキャラクターを心から好きにならなければいけません。
しかしそうすると、同時にそのキャラクターに幸せになって欲しいとも思うわけです。
小説が物語である以上、それは主人公を中心に語られるわけで、肝心の主人公は作中に一人だけです。
となると当然、ヒロインを複数人用意してしまうと、最終的に幸せになれるのは一人だけになってしまうのが通理。
また、一人以外は十分な活躍を出来ない。

それらのことに最近気付いた俺って……
 
これは持論なんですが、主人公は物語の語り部、ヒロインは物語の担い手だと私は思っています。主人公はヒロインに導かれ何らかの物語を造り上げていく。なら、主人公と関わるヒロインによって物語の色は大きく左右するのでは……?
と、いうことを最近はよく考えます。
結論としては、ギャルゲーのクリエーターならヒロインを一作に多数登場させるのもありですが、小説の場合(恋愛は例外として)は予めヒロインを一人か二人までに限定し、後はサブヒロインとして割り切ることが大切だ、です。


学校の話。

 
健康診断、スポーツテストがありました。
ハンドボール投げ、立ち幅跳び、握力の三部門でno.3に入る帰宅部って……
後、待ち時間が長い。

次の上体起こしまで、2時間(昼食含む)って…

ドンダケ。


私生活について。
 

ゼロを買いました!
アマゾンにて昨日一括お買い上げ。
……結果、財布は氷河期を迎えてます。恐竜絶滅はこうして成された。
実はDDDを買うつもりにしていたんですが、一週間前から自らの行動範囲内にある全ての古本屋(book off込み)を探して回ったんですがどこにもなく断念。

奇跡と称するは何故か学校の図書館に空の境界と共にDDDが陳列していたこと。
 
健全豊かな学生生活の担い手となるよう、知識の保管庫としてこの図書館をウンタラカンタラ」by学校案内の時の人
 
うん。
まずは痛覚残留と殺人考察(後)を読もう。
ブラッドチップ、人食やっほー。

今度DDD借りてきます。

| 雑記 | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
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